INTERVIEW 2019.5.24

貯金1万円から映画製作を始めた男が目指す、メジャーとインディーズの垣根を越えた映画

Wano野田との出会いに後押しされ映画製作の夢を実現したand pictures株式会社代表の伊藤主税。俳優を志して上京後、映画の企画製作に可能性を見出し、貯金1万円から映画製作を実現するという無謀な挑戦をしてきた伊藤の原動力となっているのは、映画を通してメッセージを伝えたいという強い想いでした。

人生を変えるほどのパワーを持つ、映画の可能性

有名俳優・女優が出演する映画の企画製作から、タレント育成のためのワークショップまで手がける株式会社and pictures。その代表取締役でありプロデューサーを務める伊藤主税と映画との接点は地元愛知県での体験にありました。

伊藤「僕は愛知県で生まれました。親族に先生が多いこともあって、学校の先生になりたかったんです。大学進学を考えるときも、教育関係に進もうかなと漠然と思っていました」

しかし、実際に高校卒業を控え、進路を考え始めた時に“映画”と出会います。

伊藤「小学校の頃から仲が良かった、いわゆる不良の友達と一緒に、レオナルド・ディカプリオ主演の『バスケットボール・ダイアリーズ』という映画を見ました。麻薬の誘惑によって破滅への道を進んでいく高校生の姿を描いている映画なのですが、それを見た友達が『自分は将来こんな風になりたくない』と衝撃を受けて、それをきっかけに更生していったんです」

映画はいろんな人の人生や考え方をスクリーンに映し出すことで、見る人が自分の人生を重ね合わせて、自分の中でモヤモヤしていてどこにぶつければいいかわからなかった不満だったり、悩みだったり、理不尽に感じていたことだったりを消化できるーー。

伊藤「人生や考え方を変えてしまうほどのパワーを持つ映画ってすごいなと。僕も映画を通していろんな人にメッセージを伝える人になりたい、俳優を目指してみようと思いました」

未経験から資金を集め、製作した映画で大苦戦

家族の手前、予備校に通うという名目で上京してきた伊藤でしたが、運良く街でスカウトされ20歳で小さな俳優事務所に所属することになります。事務所でレッスンを受けながら、少しずつですがCMやドラマなどに出演するようになり、スタートは順調かのように見えました。

伊藤「思っていたよりも順調に出演できるようになったのですが、自分のなかではなにかしっくり来ていなくて……。もともと、友達がそうだったように、映画で救われる人がいるかもしれないという気持ちから映画界を目指したので、自分が演じるということにそれほどこだわりがなかったんです。自分が表現したいことをやっていくには、誰かが作ったストーリーを演じるんじゃなくて、自分で映画を作ったほうがいいんじゃないかと思うようになりました」

いざ映画を作る方に行きたいと決めたものの、何から始めたらいいのかわからないーー。しかし映画を作るには多額の予算が必要だということだけは知っていたので、伊藤はとにかくお金を貯めようと考えました。

伊藤「テレビで、銀座には経営者がたくさん集まるというのを見て、これだ!と。事務所に所属しながら、スポンサー探しを目的に銀座の飲食店で黒服として働き、来店するお客さんとコネクションを作りました。仕事をしっかりすることでママからの信頼を得て、徐々にお客さんを紹介してもらい、3年かかってスポンサーからの資金を数千万円集めました」

ようやく資金を集めたものの、映画関係者のコネクションはなく、知識もゼロ。キャスティングや制作の手配をするには信用を得るために制作会社も作らなければならない状況でした。
そんな時、友達から「おもしろい人がいる、絶対に気が合うから」と紹介されたのが、当時上場したての株式会社アドウェイズで働いていた、現Wano代表取締役の野田威一郎でした。

伊藤「映画を作るのに会社の名前を貸してください、とお願いしに行ったら、感覚がすごく合って、すぐに意気投合しました。野田さんが色々と動いてくれたおかげで、アドウェイズも一部出資した「アドウェイズ・ピクチャーズ」という会社を作り、映画も作れることになりました。

ただ、肝心の映画作りは本当に大変でした。知識も経験もなく、映画を作りたいという想いだけで始めたので、人の手配や時間の調整、お金のやりくり、撮影の進め方など全てにおいて手探り状態。映画はなんとか撮影できたものの、気がついたら集めた予算をはるかに超える費用がかかっていて、ものすごい額の借金を負ってしまいました」

若かった伊藤は人に頼ることも恥ずかしくてできず、家賃も払えなくなり、一時期は住む場所もない状態になってしまいます。

失敗があったからこそ見えた、自分らしい道

27歳にしてどん底まで追い詰められた伊藤でしたが、銀座時代からの知り合いの「もっと人に頼ってみたら?」の言葉で気持ちを改めます。そこから自分の今の状況を周囲に正直に伝え、野田を始めとしたしたアドウェイズ関係者の家に世話になることになります。いきなり長編映画を撮影するリスクを身をもって知った伊藤は、映画へのスポンサー獲得代行の仕事で収入を得ながら、野田から会社の経営についてのアドバイスを受けます。そして少しずつプロモーション映像や短編作品を手がけてノウハウと実績を積んでいきました。

地道な活動は身を結び、2012年にはショートフィルムで賞を受賞するまでにーー。資金も徐々に貯まり、長編映画やメジャーに近い作品の製作も手がけるようになりました。

それに並行して、俳優を生み出すワークショップ「パフォーミングアカデミー」を立ち上げます。このワークショップでは現役の映画監督やプロデューサーが講師としてレッスンをしてくれます。

伊藤「毎回のレッスンがトレーニングでありオーディションなので、受講者はスキルを積みながら監督やプロデューサーとの繋がりを作り、チャンスを掴むことができます。また、ワークショップで俳優を育成し、育成した人たちが出演するショートフィルムを撮影すれば、撮影のランニングコストも抑えられつつ、俳優としてのキャリアを積むこともできます。何もわからないまま映画業界に飛び込んで、ノウハウがなかったり、知り合いがいなかったり、情報がないことで苦労をしてきたから、それを少しでも解決できるようなことがしたかったんです」

また、2018年には俳優の山田孝之さん、阿部進之介さんの賛同で立ち上げた俳優を目指す人に向けたオーディションやワークショップ情報のWebサービス「mirroRliar」の運営を始めました。そのきっかけは、地方自治体や全国商店街振興組合連合会などと協力して映画のロケーション誘致及び映画製作をきっかけに地域の活性化を推進する「地域開発映画プロジェクト」を手がけたことでした。

伊藤「色々な地方に足を運ぶ中で、地方では俳優に興味があってもなり方がわからない、または、正しい情報がないせいで、デビューできるという話でよくわからない事務所への登録手数料だけ払ってそれっきり、というような声を聞くようになって……。そういう人たちがちゃんとした情報を手に入れる手段を提供し、住んでいる場所に関わらず挑戦できる環境を作れるサービスを立ち上げました。そうやって、経験の少ない、新しい人たちにもどんどんチャンスをあげないと、映画の文化は停滞してしまうと思うんです」

メジャーとインディーズを融合させた本当にいい映画を作りたい

最初の創業から10年経ち着々と実績を積む中で、手がける作品の幅もどんどん広がっていきます。

伊藤「年に長編映画を4〜5本、そしてショートフィルムを10本ほど製作しています。今は企業も短編映画に興味を持ちだしてくれていて、大手企業や行政、日本文化などとコラボレーションした短編映画も製作してます」

未経験で飛び込んだ映画の世界で、挫折を経験しながらも独自のポジションを築き上げてきた伊藤。様々な挑戦を支えているのは、本当にいい映画をみんなで生み出していきたいという想いです。

伊藤「本当にいい映画を作るためだけに仕事をしたいと思っているんです。メジャーとインディーズをうまく融合させて、垣根なく人が集まってくるものを作りたいと思い続けています。じゃないと、若い人たちにチャンスがない。スポンサー、プロデューサー、監督、クリエイターの間の距離もなるべく近くして、みんなで一つの作品を作り上げて、みんなで届けたいんです。面白い素敵な仲間も多く集まってきましたし、僕達は小さな独立系の企画制作会社なので、クリエイターや俳優の才能を活かして、できる限りのチャレンジをしていきたいです」

「日本初、世界」を目指すWanoグループで、映画分野の事業を展開し、活躍の場を日本からアジアにまで広げるand pictures。今後はグループの各企業とのつながりを深め、さらなる展開を目指したいと伊藤は言います。

伊藤「今年の4月には日中合作ドラマ『逃亡料理人ワタナベ』の配信が始まりました。アジアを含めた海外に展開して、役者、監督が国を超えコラボレーションして一緒に映画を製作・上映したり、日本の才能あるクリエイターが世界中で活躍できたりするようにしたいと思っています。

それから、Wanoグループではクリエイターを応援する事業を展開しているので、その強みを生かしていきたいです。例えば、製作した映画をVideo Kicksで配信したり、TuneCore Japanに登録しているアーティストにCMや映画の楽曲を提供してもらったり、VeleTの動画広告やマーケティングのノウハウを活用してプロモーションしたり。グループがそれぞれの良さを生かして協力し合うことで、よりいいものを生み出すことができる。それはWanoグループにしかできないことだと思っています」

映画界全体の活性化を視野に入れた伊藤の挑戦は、これからも続きます。